会話:川西拓実-JPOPアイコンを掘り下げる(全文日本語訳)
はじめに
ClashMusic.comに掲載されたインタビュー記事を日本語訳しました。
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本記事の著者IVANA E. MORALESさんは、Teen VOGUEとGRAMMY.comでJO1のロングインタビューを書いてくれたライターさんです。どちらの記事もとても読み応えがあるので、まだ読んでいない方はぜひ読んでみてください!(両記事とも翻訳済みです!)
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会話:川西拓実
JPOPアイコンを掘り下げる
J-POPスターの川西拓実はひとたびステージに立つと、所属するグループ・JO1のエネルギーを増幅させるような電撃的なオーラを放ち観客からの注目を集める。自信に満ちた視線は魅惑的で、ダンスはキレがありながらも優雅だ。しかし彼には二面性があり、スポットライトが消えると、拓実は本来のシャイな性格に戻るのだ。このインタビュー中にも時折それが垣間見えた。
「どうやってその二面性のバランスを取っているんですか?」その問いに拓実は笑い声を上げ、少しの間を置いて言葉を選んだ。「パフォーマンスしているときは、自分らしくいるという感じではないですね」と拓実は言う。「ステージに立つバージョンの自分という感じです。でも、それ以外のときはみんなを笑わせたいし、周りにいる人が笑顔になるのを見たい人間なんです。いつもステージに上がる前に意識しているのは、普段の自分の感情や気持ちをゼロにしてステージに集中することです。JO1としてのライブパフォーマンス中は、舞台の外から何も持ち込みたくないんです。」
これは彼が大切にしてきた夢に突き動かされながら時間をかけて築き上げてきた領域だ。日本の関西地方に位置する兵庫県出身の拓実は、小学生から18歳になるまで野球に熱中し、チームのキャプテンにまで上り詰めた。同時に、彼は歌とダンスの世界にも惹かれ、時折一人で練習していたそう。
「11歳くらいのときに、テレビであるアーティストのライブパフォーマンスを見ました。誰だったかは思い出せませんが…」と彼は微笑みながら回想する。「その映像を見て、自分も同じようなパフォーマンスができるアーティストになりたいと思ったんです。」
川西はかつて、芸能界を目指してオーディションに参加したことがあるが、様々な事情でオーディションの面接が行われる東京への旅を直前でキャンセルせざるを得なかったと語っている。しかし彼の夢は決して消えることはなく、最終的に運命がまったく別の機会を彼に与えたのだ。高校卒業後、彼は一般の会社に就職し、バギーエンジニアとして働き始めたが、2019年にPRODUCE 101 JAPANに参加することを決意した。
無茶な挑戦だという者もいるだろう。テレビ放送もされたこのオーディション番組は、全国から集まった101人のアイドル候補生が、ボーイズグループとしてデビューし世界中のステージでパフォーマンスするチャンスをかけて闘うサバイバル形式のオーディションだった。これは大きな夢を掴む可能性のある挑戦ではあるものの、仕事を辞めるということはすべてを失うリスクが伴うため、拓実は人生の岐路に立たされた。しかし、この挑戦が持つ「人生を変える可能性」を無視することはできなかった。
「当時の年齢的にも、PRODUCE 101 JAPANが最後のチャンスだと思っていました」と語る拓実は、日々の仕事に追われながらも自分の進むべき道を見つめ直し続けていたと説明する。「ステージに立ちたいとはずっと思っていました。悩みましたが、やっぱり子供の頃の夢を叶えたいと本気で思うようになり、この番組がそれを叶える最後のチャンスになりました」
「家族には、もしここで挑戦しなければ一生後悔すると伝えました」と彼は付け加える。「これが僕にとって正しい選択なんだと家族を説得したんです。」
PRODUCE 101 JAPANの第1話で初めて拓実が登場したとき、拓実は一瞬だけ1位の椅子に触れた。これは、自分自身と観客のために進歩するという決意を象徴していた。この挑戦を通じて、彼のストイックさとカリスマ性、そして象徴的なピンク色の髪が、練習生仲間と視聴者の目を奪った。ダンス未経験にもかかわらずどんな振り付けもすぐに習得してしまう様子から「スポンジ」と称され、ラウンドが進むごとに彼のデビューの可能性は高まっていった。とはいえ、決して簡単な道のりではなかった。
サバイバルオーディションは試練の連続であり、練習生たちは常に脱落のリスクにさらされ、大きなプレッシャーがのしかかる数か月を乗り越えて自分の価値を証明しなければならない。一つのミスがこれまで積み上げてきた全てを壊してしまう可能性があるため、混乱の中でも集中力を保つことが重要だった。「諦めようと思ったことはなかったけど、何度か諦めてしまいそうになったことはありました」と拓実は率直に認めた。「でも、その度に子供の頃からの夢を思い出すことで諦めずに努力を続けました。同じ夢を目指す他の練習生たちからもたくさん助けてもらいました。」
拓実の努力と忍耐力が報われ、彼は番組の最終夜にJO1のメンバーとして選ばれた。彼はデビューの夢を掴んだことをすぐには理解できなかったそうで、「新しい現実を受け入れるのに数週間かかりました」と振り返る。後にとあるテレビ番組の収録中にデビューという実感が芽生え、「その時にやっとアーティストとしての自分を認めることができました」と回想した。
JO1は、たくさんのボーイズグループが頭角を現すJ-POPの世界で着実に地位を築いてきた。彼らのデビューは2020年3月のコロナウイルスのパンデミックの始まりと重なったが、彼らは逆境を可能性に変え、ステージでの一体感のあるハーモニーでパフォーマンスの芸術性を洗練させてきた。そして彼らは共に前進し続けている。「僕たちは本当に仲がいいんです」と拓実はグループの絆について語る。「お互いを尊重し合い、何よりも信頼しています。」
グループの認知度が上がるにつれて、個々の活動も活発になっていった。拓実はJO1のドラマ「ショートプログラム」に出演し、初めての演技に挑戦した。彼にとって大きな転機となったのは、有名なウェブマンガシリーズ「クールドジ男子」(英語ではPlay It Cool, Guys)の実写ドラマで、中本悠太(NCT 127)、桜田通、藤岡真威人らとともにメインキャラクターの一人を演じたときだった。拓実が演じたキャラクター、赤毛の四季蒼真は、少し不器用だがどんな時でも明るい笑顔を絶やさない心優しい人物だ。
撮影中、拓実は新たなルーティンを整え、撮影とグループ活動の両立のために自分の習慣を再調整しなければならなかったと言う。「一番難しかったのは体調管理です。朝早く起きてJO1の活動をこなし、その後『クールドジ男子』の撮影場所に行って役に入り込む必要がありました。寝る時間や生活スケジュールも調整しなければなりませんでした。」
どのように自分のケアをしていたのか尋ねると、「シャワーを浴びて湯船に浸かることは大事です!」と彼は笑いながら答えた。「どんなに忙しくても、それだけは欠かさないようにしていました。」ここで拓実は、当時かかえていたもう一つ小さな「困難」についても回想する。「蒼真は笑顔のシーンが多くて、だんだんほっぺが固くなって」と彼は顔を大げさに伸ばしながら話して、通訳を笑わせた。「いつの間にか、笑うことが『やりすぎ』になってしまったんです。」
俳優としてはまだまだ新人でありながら、拓実はすでに多才な俳優であることを示しており、演じる役すべてにリアリティを吹き込んでいる。この成長によって彼は新たな視点を追求し、多様な物語に命を吹き込むことができるようになった。「自分自身に挑戦し、自分に与えられたキャラクターを体現できるかどうか、そして彼らの気持ちをどれだけ理解できるかといったプロセスを本当に大切にしています」と彼は言う。
幸いなことに、彼の次の出演作が決まるまでにそう時間はかからなかった。GAGA株式会社が製作し、風間太樹が監督を務める映画『バジーノイズ』でスクリーンデビューを果たした。音楽を中心に描くこの物語は、一人の青年が人生の目的を見つけ、達成感を得るまでを描く。主人公の清澄は、単調な生活を送っており、唯一の幸せは、アパートの自室で作曲し、自分ひとりでその曲をを聴くこと。
清澄のような人物になりきるには、さまざまなレベルの”弱さ”を理解するための内省が必要だった。「『バジーノイズ』を撮影していたとき、清澄の性格にひっぱられて自分もどんどん静かになって、日常生活でネガティブなことを感じることもありました」と拓実は語る。「普段は自分自信から離れないようにして、撮影中だけ役に入るようにしました。ロケ地に向かう車の中で、切り替えて役に入り込むことが多かったです。」
その変化は痛烈で、清澄の目の奥深くに表れる感情がそれを表している。しかし、そこに存在する感情は憂鬱だけではなかった。物語が進むにつれて、希望と自己発見の感情が浮かび上がってくる。清澄の日常は、桜田ひよりが演じる元気な少女・潮と出会うことで大きく変わる。潮は、清澄の才能が埋もれたままではもったいないと考えて、殻を破って自分の音楽を世界に共有するよう清澄に促す。その瞬間から、清澄は大きく成長し、他人に決断を任せていた青年から、自分の人生の主人公へと変化していく。
最も大きな転機となったのは、清澄が自分の音楽を他の人に聴いてもらえるということが自分にとって何を意味するのかを知ったときだが、その感覚は拓実に深く響き、忘れられない影響を与えた。「清澄は自分のやりたいことを自分で選ぶ人なので、僕もアーティストとして自分の心に響く音楽を作り続けたいと思うようになりました。それが清澄から学んだ最大の教訓です。僕は、自分のなりたい姿になれるんだと。」
映画の最後には、清澄と彼が新たに結成したバンド、アズールが、清澄の人生の断片を捉えたトラック「surge」を披露する。「『surge』は6分もある曲で、どうやってこれだけの曲を一人で録れるか考えました」と拓実は語り、スタジオで少なくとも10時間以上を費やしたことを明かす。「完成した曲を聴いた時、この曲は明るい未来を与えてくれると感じました。歌詞もメロディーも希望に満ち溢れています。清澄が作曲した曲なので、演技や歌唱面では、清澄のように深く理解する必要があったので、ピアノをたくさん練習して、歌詞を読んで意味を考えました。それが、川西拓実として一番時間を費やしたことですね。」
そうした意味では、「surge」は清澄の本質と拓実の芸術性が融合した楽曲であり、拓実の音楽への愛をより具体的なものにしている。さらに、JO1メンバーによる初の公式ソロ楽曲として、さらに大きな意味を持つ。「とても嬉しくて、光栄です」と彼は言う。「でも…このポジションを僕が担っていいものなのか、少し不安でした。」
川西拓実が『バジーノイズ』から得た洞察は、今後彼の音楽性に確実に影響を与えるだろう。拓実は脚光を浴びるずっと前から熱心に作詞や作曲に取り組んできたが、今ではこの新しい視点を持って、自身の作品をさらに豊かにすることができる。もう一つの初挑戦として、彼が自らプロデュースした初のオリジナル曲「Happy Unbirthday」が、グループのために音楽を作りたいという彼の長年の夢を体現したJO1のシングルとしてリリースされた。
メンバーの声が入った曲の完成版を初めて聴いたときの感想を尋ねると、拓実は興奮を抑えきれない様子で「Wow! Fantastic!」と英語で叫び、またもや大きく笑う。
「この曲は2年かけて作ったんです」と彼は続け、左手を顎の下に置き、眉を上げる。「『Happy Unbirthday』のインスピレーションを得たのは、実はステージにいたときでした。特にライブパフォーマンスでみんなにに幸せを届けられる曲を作ろうと思ったんです」
拓実にはまだ明かされていない夢や心に秘めている物語があるだろうが、それらは時と共に実現していくだろう。現在、発売初週に50万枚以上を売り上げたJO1の8枚目のシングル「HITCHHIKER」のプロモーション期間を締めくくることだ。さらに、彼はJO1の金城碧海、木全翔也、FANTASTICS from EXILE TRIBEの中島颯太、佐藤大樹、瀬口黎弥と共演する次の映画『逃走中 THE MOVIE:TOKYO MISSION』の公開を控えている。
「正しい時に正しい場所にいたと感じたことは?」という質問に対して、拓実は昨年 11 月に京セラドームで行われた JO1 のコンサートを挙げた。「ドームに足を踏み入れた時、観客として 初めて京セラドームに行ったとき自分を思い出しました」と拓実は明かす。「同時に、自分がステージでパフォーマンスする側になったんだと気付いて、ついに自分の夢が叶ったんだと実感しました。」
―東京ドームでコンサートを開催するというさらなる夢の続きについてはどう思いますか?
「東京ドームがどれだけ大きいかはわかっています。本当にドームでコンサートがしたいです。」と彼は答える。「実現したら、ドームでバギーを運転したいですね。」
JO1の勝負の年:初のアメリカ公演から、日本最大級の会場まで(全文日本語訳)
はじめに
GRAMMY.comに掲載されたインタビュー記事を日本語訳しました。
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本記事の著者IVANA E. MORALESさんは、去年Teen VOGUEでJO1のロングインタビューを書いてくれたライターさんです。
こちらも長文ですが、一読の価値アリです!
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JO1の勝負の年:初のアメリカ公演から、日本最大級の会場まで
ニューシングル『HITCHHIKER』を引っ提げ、JO1は成功への道を進む。11人組のJ-POPグループがGRAMMY.comに彼らの印象的な1年間と、未来への希望について語った。
何万人ものファンの歓声とペンライトの海に包まれ、大阪にある日本最大級の会場の一つ、京セラドームでJO1は大きな達成感を抱いていた。この11人組のJ-POPグループは、共に追い続けてきた夢への道が大きく開けたことに対する感謝の気持ちに満ち溢れていた。
東京からのビデオ通話で、ボーカルリーダーの河野純喜が、彼にとってはかつての職場でもある京セラドームでの2回公演について振り返った。「警備員として見ていた景色をアーティスト側から見ているんだという事実にとても感動しました。次にドームでコンサートをするときには、もっともっとファンの皆さんに楽しんでもらえるようなパフォーマンスを披露したいし、前回以上に良いものを見せたいと思います。」
この揺るぎない信念は、結成当初からJO1のDNAに組み込まれている。2019年、彼らは新たなボーイズグループを生み出す視聴者投票型のオーディション番組「PRODUCE 101 JAPAN」の初シーズンに全てを賭けて臨んだ。神経をすり減らすような12話を経て、川西拓実、豆原一成、與那城奨、川尻蓮、河野純喜、大平祥生、白岩瑠姫、鶴房汐恩、金城碧海、木全翔也、佐藤景瑚がJO1としてデビューを果たした。
しかし彼らのデビュー直後にコロナ禍が襲来し、彼らの成長をファンが画面越しに遠くから見守る中で、ゼロからグループを築き上げることを余儀なくされたのだ。そんな彼らの粘り強さが功を奏し、現在JO1は息の合ったグループ活動と個人の活動が共存するまさに最盛期を迎えている。
過去12ヶ月は嵐のような旅路となった。JO1はKCON LA 2023で自身初のアメリカ公演を行い、その後彼らのセカンドアリーナツアーを決行。さらにジャカルタ、バンコク、台北、上海など、日本を飛び出して自身初の海外ツアーも行った。このツアーでは合計20万人を動員し、京セラドームでの追加公演も行われた。さらに音楽活動だけでなく、演技や他の創作活動などそれぞれがソロアーティストとして新たな一面も見せた。
そんなJO1は、今後もペースを落とすことなど考えてすらいない。鶴房汐恩は、「旅行を計画するときにまず最終目的地を設定する人も多いと思いますが、僕や他のJO1メンバーにとっては、その最終目的地がどこなのかはハッキリしていません。大事なのは、そこに至るまでの道のりと旅そのものを楽しむことなんだと思います。」と語る。
彼らの次なるステージは、8枚目のシングル『HITCHHIKER』。自信に満ちていて活気の溢れる、多様性に満ちた6曲の音楽が詰まったシングルで、中でもファンキーなタイトル曲「Love seeker」は、”愛”を見つけるための音の冒険を歌っている。リーダーの與那城奨の言葉を借りれば、「全ての愛です。僕たちの曲への愛、ファンへの愛、そしてメンバーへの愛。」を探し求めて。
JO1が“トップスピードで”走り続ける中、今日は少しだけブレーキを踏んで、彼らにとって最も重要な1年間の軌跡を振り返ってもらった。さあ、シートベルトを締めて。
ステージから映画まで、アーティストとしての成長
白岩瑠姫: 僕が映画『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』で演じた青磁というキャラクターは、自由奔放でありながら同時に現実的でもあります。人生は一度きりだと思っているので、自分がやりたいことをやり、思ったことをはっきりと伝える。そんな青磁の考え方は僕の生き方と似ているところがあると思います。JO1での活動も同様で、僕は1回1回のパフォーマンスを毎回”最後の一回”だと思って全力で臨むようにしています。ある意味、青磁の持つ強さを真似することが、去年のJO1としての全ての仕事で支えになっていたように思います。青磁は僕のパワーの源のような存在でした。
川西拓実: 最近の音楽市場ではバズる曲やトレンディーな曲を作る需要が高まっているようにも思えますが、その中でも自分が演奏したい曲や、音楽で伝えたいことは常にあります。僕は『バジーノイズ』で清澄というキャラクターを演じたことで、自分が音楽で伝えたいメッセージを可能な限り伝えることが大切なんだと気づきました。
僕が作った「Heaven」という楽曲では、まず清澄として感じたり考えたことを書き、その後で川西拓実として感じたことを捉えるようにしていました。曲を書いている間、自分の中に清澄と川西拓実の両方が存在しているのは少し変な感じでしたが、その感覚は『バジーノイズ』という映画が持つエモーショナルな性質に合ってるなと思います。
KCON LA 2023で初めてのアメリカ公演を実施
金城碧海: 2022年に初めてKCON LAに招待された時は、コロナ感染によって参加を断念せざるを得なかったので、2023年も行けると聞いた時、僕たちはメンバーだけでなくスタッフにも外出を控えるようにお願いしました。KCONに出るのは大きな一歩なので、渡航前のタイミングで健康を優先して休みを取れないかとマネージャーにお願いしたんです。
川尻蓮: KCONでは3曲を披露し、そのうち3曲目はSEVENTEENさんの「Super」のカバーをさせてもらったんですが、パフォーマンスを重ねるごとに観客の興奮度が増していくのを感じました。最初はJO1のことを知らない人も多かったと思いますが、最終的に観客と一緒にステージを楽しむことができたと思います。みんなとても温かく歓迎してくれました。
鶴房汐恩: 「Super」のカバーの振り付けの中に、翔也を持ち上げる振りがあったんです。最初に頭に浮かんだのは、絶対に落とさないようにしなきゃ、ということでした。
木全翔也: めちゃくちゃ緊張しました!初めてのLAのステージで失敗したらどうしようって…。とにかく集中して、空中に投げられてから無事に着地した時は本当に嬉しくて、その後は全ての不安と心配から解き放たれて踊り続けました。
河野純喜: メンバー全員のことが本当に誇らしかったですし、みんなパフォーマンス後も満足感でいっぱいでした。僕たちみんなLAが大好きで、実はLAの街中で動画を撮ったり写真撮影もしたんです。地元の方々ともたくさん交流できて最高でした。またすぐに戻りたいです。In-N-Out(バーガーショップ)が恋しいです(笑)
3rdアルバム『EQUINOX』での音楽性の拡大
川西拓実:JO1の「色」は少しずつ変わってきています。『EQUINOX』期には、どこか懐かしさを感じさせる曲を作ることができ、同時に「パワーアップ」要素もありました。メンバー全員がこれを伝えたいと思いながら活動していたと思います。
大平祥生:このアルバムには幅広いスタイルが含まれています。例えば、「Venus」は優雅なメロディーが魅力的だし、「RadioVision」はレトロな魅力が詰まったポップソングです。ユニット曲「Itty Bitty」と「Mad In Love」も収録されています。これは初めての試みだったので、JO1の新しい一面を見せることができました。
金城碧海:新しいCDをリリースするたびに、自分のボーカル力が大幅に向上していると思います。これからももっと努力して、僕の「ミラクルボイス」を世界に届けられるように頑張ります。
アジアツアー『BEYOND THE DARK』での経験
豆原一成:初の海外ツアーだったので、とても嬉しかったです!アジアツアーでの経験を通して、やっぱり僕はJAMと近い距離でパフォーマンスするのが本当に好きなんだと実感しました。特にジャカルタは海外での1公演目だったので印象に残っていますね。音響トラブルが起きてもパフォーマンスでカバーできたんです。
白岩瑠姫:ジャカルタで「Venus」をパフォーマンスしている時、音響トラブルで曲が止まってしまったことがありました。でも、こういうトラブルに備えた練習も普段からしていたので、実際に音が止まるアクシデントが発生したときもメンバー全員がこのまま踊り続けるべきだと分かっていたんです。しかも、会場のJAMの皆さんも一緒に歌って盛り上げてくれたので、上手くトラブルを乗り切ることが出来ました。
佐藤景瑚:会場の規模は日本と比べると小さかったですが、お客さんからの強い圧を感じることができて最高でした。
京セラドームで夢が現実になるのを見たとき
大平祥生:京セラドームはJO1メンバー全員が憧れていたステージだったので、単独コンサートで初めてステージに立った瞬間、「夢が叶ったんだ」と実感しました。夢のような時間でした。これまでいろんなことを経験して、ここに来るまで本当にたくさんの人に支えられてきたので、感謝の気持ちでいっぱいでした。
河野純喜:京セラドームで警備員として働いていた頃は、ステージがキラキラ輝いて見えたし、大勢のファンで会場を埋め尽くすアーティストたちもみんな輝いて見えていました。ライブの音に感動して、心を震わされていました。でも同時に、何故かは分からないけど僕も将来このステージに立てるような気がしていて、一緒に働いている人達や周りの人達に絶対に実現するんだと言ってまわっていたのを覚えています。
JO1として京セラドームに立ったときは、僕の努力と言葉が報われた瞬間でした。でも京セラドームはゴールではなく、夢への通過点なんだと痛感しました。この時、「ドームツアー」という次の目標が生まれたんです。
與那城奨:ステージの幕が上がったとき、なんだかヒーローのような気分になりました。でも同時に、自分達が主役なんだという緊張感もありました。もしミスしたら、パフォーマンスリーダーの蓮に怒られちゃうから。(笑)
白岩瑠姫:京セラドームのライブは今、日本のAmazonプライムビデオで見れるんです。僕はもう見ました。ステージ上ではすべてがスムーズに進んだので、本当に嬉しかったです。でも今改めて振り返ってみると、改善できるところもあったなと気づきました。今後また京セラドームや東京ドームでパフォーマンスすることができたら、パフォーマンスの質をもっと向上したいです。
第65回日本レコード大賞で優秀作品賞を受賞
豆原一成:「Trigger」は、もっとワクワクするような曲が欲しいなと思っていた時期にもらえた曲で、日本レコード大賞で優秀作品賞を受賞することができました。本当に光栄でした。代表曲とまでは言えないですが、たくさんの人に聴いてもらえる曲になってほしいです。
佐藤景瑚:なんで「Trigger」がタイトル曲にならなかったんだろうって今でも疑問ですね。僕はこの曲はバズるぞって分かってたので!(笑)
年末最大のテレビ特番「紅白歌合戦」に再登場
與那城奨:「紅白歌合戦」は日本の大きな音楽番組で、僕たちは去年二度目の出演機会をいただきました。K-POPアーティストも多く出演していたので、いろんな意味でJO1は彼らと比較されるだろうということも分かっていました。
今は、僕たちはまだまだ戦えるということを示し、現状に満足しないで突き進むことしか考えていません。二年連続で出演できましたが、まだまだパフォーマンススキルを向上させて、ステージ上でのカリスマ性を高め続けないといけない。
川尻蓮:僕たちの白組トップバッターとしての役割が番組全体を少しは勢い付けられたと言ってもいいんじゃないですかね。2022年の紅白初出演のときは、何をしているのか分からないままとにかくがむしゃらに頑張っていたんですが、今回は番組を盛り上げて良い雰囲気を作るぞ!と考える余裕がありました。
『HITCHHIKER』で新しい道を進む
佐藤景瑚:僕のお気に入りは「Lied to you」です。これまでのJO1の曲にはない洋楽っぽい雰囲気があるんです。歌詞は心の痛みとか、感情を上手く伝えられないもどかしさについて歌っていて、曲も本当に良いんです。オリビア・ロドリゴの曲に似てますよね。
河野純喜:「Lemon Candy」のほろ苦い雰囲気は、「あなたのためなら何でもできる」という気持ちを歌っています。少し極端な言葉に聞こえるかもしれませんが、歌詞には“あなたについて”という強いメッセージを込めました。
この曲のデモを初めて聴いたとき、僕はすぐにCNBLUEのヨンファさんが作曲した曲だ!と分かったんです。ヨンファさんの雰囲気がひしひしと伝わってきました。レコーディングのときには、ヨンファさんから個性を出して歌う方法などいろんなことを教えていただき、ちょっと緊張しました。
木全翔也:タイトル曲は「Love seeker」です。僕たちの旅路は、日本の観客やまだJO1を知らない人々からの愛を求めてヒッチハイクしているようなものだと思います。僕たちの音楽をもっと広めて認知度を高めることを目指して、これからも努力を続けたいです。
川尻蓮:この5年間でメンバー同士の共通理解が深まったと思います。11人もメンバーがいると多すぎると思われることもあるかもしれないですが、僕たちは11人いるという強みを生かして、各メンバーがそれぞれの力をグループに注いでいます。
明るい未来に向かって
與那城奨:日本で活動するボーイズグループとしてここまでいろんなことを達成してきましたが、まだまだもっと有名にならなければと感じています。結成から5年が経ち、いろんな経験を積み、初期の頃と比べると本当に大きくなりました。でもひとたび日本の外に目を向けると、まだまだ多くの人がJO1を知らないという現実があります。これは僕たちにとって、何度でも挑戦し続ける価値があるということなんだと思います。
金城碧海:JO1はステージ上ではとても強くてユニークです。ステージの上こそが、僕たちがどれだけ強力なグループなのかを示せる場所なんだと思います。KCON LAでもロサンゼルスの人々に僕たちのアーティスト性を伝えられたと思うし、僕たちには国際的なファンにリーチする可能性がまだまだあると思います。世界中でバズって人気になるのは時間の問題だと思います。(笑)
川尻蓮:僕たちはスーパースターになります!
JO1が『Tropical Night』、『PRODUCE 101 JAPAN』、そしてデビューから3年の軌跡を語る(全文日本語訳)
はじめに
英語だからってスルーしてしまうにはあまりにももったいない良記事だからたくさんの人に日本語で読んでほしいという思いで日本語訳したものの、この翻訳のせいで元記事のPV数が減るのは避けたいという大ジレンマを抱えているので、ぜひ元記事もたくさんクリックしてもらえると嬉しいです!
11月の寒い夜、2022年のMAMAアワードが開催された京セラドームを包む暗闇を割って日本のポップグループJO1が登場しました。JO1のメンバーである川尻蓮、川西拓実、豆原一成が薄暗い青い光の中に現れ、スクリーンには "I am, I wish, I will "の文字が表示される。これは世界で最も影響力のある舞台で魅せる、彼らの夢の集大成であり、彼らがここにたどり着くまでの“旅の続き”である。
ピアノとヴァイオリンの音色が響く中、JO1のメンバーである與那城奨、白岩瑠姫、河野純喜、佐藤景瑚、木全翔也、大平祥生、金城碧海、鶴房汐恩が登場し、彼らの楽曲 "SuperCali" のオーケストラバージョンが始まった。SuperCaliとオーケストラという、天地がひっくり返るような意外な組み合わせは、夜を徹して脈打つ壮大なスペクタクルを生み出した。演奏の最後、興奮冷めやらぬ中で最年少の一成がこう宣言する。 “You can ask me now what’s the next.(次に何が待っているのか教えてやるよ)”
それは、共に上へ上へと突き進む運命にある11人分の交差する人生に“光を当てる(Shine a light)”、世界に向けた招待状なのだ。
I am
Teen VogueがJO1にインタビューするため東京にオンラインで接続したのは、これからの予定と祝福に溢れる春の一日だった。素顔で、快適なゆるい服装に身を包んだ屈託のない性格の11人組は、数時間前に最新シングル「Tropical Night」のリリースを記念したYouTubeライブ配信を終えたばかりだった。
しかし、それと同等か、もしくはそれ以上に重要なことに、その日はJO1の自称サブリーダー(公式、と言ってもいいのかもしれない)であり、チーム全員を影で支える精神的なセーフティネットのような立ち位置を確立し始めている翔也の誕生日でもあった。23歳になった彼は、以前にも増して実力と才能に満ちたパフォーマーで、音楽の話題になると躊躇なく踊り出す人だ。「昔はよくカバーダンスをしていて、その時の興奮が忘れられないんです」と彼は言う。「“みんなを幸せにしたい "という思いが、エンターテイナーを目指す原動力になりました。」
つまり、この全員に共通する信念が、彼とJO1の他のメンバーを結びつけたのだ。JO1は、PRODUCE 101 JAPANという、16歳から30歳までの101人の個人練習生を集めてJ-POPアイドルとしてデビューするチャンスをめぐるサバイバル番組から生まれたグループ。出演者の大半は芸能界未経験者で、この一世一代の舞台のために仕事や学校など、それぞれの環境を捨てて出演を決めた。
例えば純喜は、大学時代にコンサート会場の警備のアルバイトをしたことがきっかけで、「どんなに手の届かないところでも自分の夢をあきらめるわけにはいかないと思った」と語った。「音楽は、自分の感情を動かすもの」と、彼は真剣に語る。ボーカリストでありながら、率直な人柄でも知られる純喜。「人のステージを見たり自分で歌ったりして、歌に感動して泣いたことはこれまでの人生で数えきれません。そしてその経験こそが、僕の人生の支えになっているものです。」
PRODUCE 101 JAPANは、今はなき韓国のPRODUCEシリーズと同じ予選の回数や視聴者投票システムといったオーディション形式を採用していたが、一つだけ違うのは、出来上がったグループに活動期限はなく、彼らの活動が永久に続くということ。そのため、オーディションでデビューを掴むということは同時に、これから毎日練習に明け暮れ、疲れ果て、眠れぬ夜を過ごすことになる。
オーディション中、自分の人生の方向性がガラッと変わるぞと確信した瞬間はいつだったのかと聞くと、数秒の沈黙の後、愛知県出身のボーカル・景瑚が部屋の中を見渡して誰かを探し始めた。そして、JO1公式マンゴー愛好家・碧海が後ろに座っているのを見つけると、「僕たちは2人とも、最終回まで一度もデビュー圏内に入ったことがなかったんです。」と明かした。そのため、最終回で自分の名前が呼ばれたときは衝撃だったそうで、景瑚は「まさか自分が選ばれるとは思っていなかったので、とにかく不安でいっぱいでした。ファイナルの会場には親も来ていて… 僕の名前が呼ばれたときに親が涙ぐんでいるのが見えて、僕も涙が出ました」と振り返った。
景瑚の言葉を受けて、メンバーたちはまた、短くもかなり静かな回想を始めた。というのも、ラインナップの発表の重大さは、白か黒かといった単純な考え方では測り知れないからだ。メンバーそれぞれの受け止め方は違ったが、それぞれが間違いなく新しい始まりを感じていた。「1位になったのは最終回が初めてだったので、とても強い緊張感を感じました」と語るのは、豆原一成(仲間からは「まめちゃん」と呼ばれている)だ。この番組でデビューを勝ち取るまでは、高校に通いながら子供向けのダンスの先生をしていた。一成は、「最後の最後に1位と聞いて、肩の荷が下りたような気持ちでした。デビューするために絶対に成功させるんだという決意と覚悟を決めて臨んだファイナルのステージに立ち、複雑な感情が入り混じっていました。」と語る。
I wish
PRODUCE 101 JAPANの終了後、新生グループは日本の大企業吉本興業と韓国の大企業CJ ENMの合併会社であるLAPONE Entertainmentと契約した。その目的は、「国境を越えて共鳴できる、永続的で革新的な芸術的アイデンティティを確立すること」。グループ名「JO1」はこの決意を表しており、「PRODUCE 101 JAPANに参加し共に夢を追いかけた練習生達が一つになって世界のトップを目指す」という意味を持つ。
最初の一歩というものは得てして最も困難になるもので、彼らは突然、目まぐるしいペースで進み続ける環境に飛び込むことになった。これまでの生活とは180度違うことに戸惑いを覚えた。「驚きの連続でした」と語るのは、JO1のリーダーで最年長の奨(27)だ。JO1のリーダーであり、最年長の27歳である奨は、グループを代表してコメントをするスポークスマンを務めることも多く、その柔らかく響く心地よい歌声は彼らの楽曲に欠かせないものである。「エンターテインメント業界はもっと華やかなものだと思っていましたが、今は、見えないところでこっそりと積み重ねるべき一歩一歩の重みと痛みを実感しています」。
デビューまでの間、JO1は韓国・ソウルに渡り、景瑚が「1ヶ月間の、本当の意味でのブートキャンプ」と呼ぶ期間を過ごし、タイトル曲 "無限大" を中心としたファーストシングル "Protostar" を作り上げた。それは、よせ集めだった彼らの絆を築きながらスキルを高めるというマルチタスクが求められる、強烈な準備プロセスだった。「準備期間は毎日夜明けから夕暮れまで」と、景瑚が両手でジェスチャーをしながら奨と視線を交わし、奨もうなずきながら「朝はボーカルトレーニング、夜はダンストレーニング。歌詞や振り付けも同時に覚えていました」と続けた。
JO1は2020年3月に日本の音楽業界に正式に参入し、『Protostar』はオリコンとビルボードジャパンのチャートで1位を獲得した。コロナ禍の拡大によりその年の計画が大きく変更されたため短期間の活動にはなってしまったものの、彼らにとって最初の大成功となった。彼らは当時を振り返り、あの空白の数カ月を挫折とは思わず、むしろ熟考と進歩のために必要な時間だったと捉えている。「自分たちを見つめ直し、いろいろなことを実感し、十分な訓練を積むための時間だった」と奨は言う。「結局、デビュー前は十分に練習できる時間がなかったので、基礎的なレベルを上げることができた時間になりました」と。
国境の閉鎖や様々な制限がある中、グループは環境の変化に適応しなければならず、JO1のパフォーマンスリーダーである蓮が練習のバトンを受け取った。「パンデミック前は韓国の振付師の先生から直接習っていたのですが、コロナ禍になって、韓国の先生に隣にいてもらうことができなくなりました」と、彼らしい穏やかな口調で話す。山下智久や、PENTAGON、Wanna OneといったK-POPグループのバックダンサーを務めるなど、オーディションを通じて蓮は最も有望な練習生の一人として活躍していた。常に厳しくも面倒見よく指導してくれる彼の存在は、グループにとって安定感の要のような存在となった。「結局、動画を見たりオンラインで繋いだ画面の向こう側から振付を学ぶことになったのですが、とても難しかったです。」と蓮は続けた。「でもそんな状況でもも、"この動きはもっとカッコよくできるかもしれない "とか、"この導線はもっとスムーズにできるかもしれない "とか、みんなで話し合っていたんです。そういった会話の積み重ねが、今のパフォーマンスに繋がっているのだと思います」。
当然ながら、バラバラの個性が共存するためには大変な努力が必要で、JO1も結成当初はすべてが薔薇色で上手くいったわけではなかったと認めている。碧海は「僕たちは一人ひとりのキャラクターがとてもユニークなので、グループとしてのバランスを取るのが最初は難しかったです。」と詳しく説明し、特にコロナ禍の初期には衝突もあったものの何とかやり過ごすことができたと明かしている。碧海が「僕たちはみんなバラバラの意見を持っていますが、僕たちがこれまで行ってきたイベントや各メンバーのメディアへの出演は全て、僕たちがグループとしてよりまとまり、同時に輝くのに役立ったと思います。」と語る。
彼は正しい。彼らの爽やかなシナジーは、確かに輝いている。JO1はこれまで、2枚のフルアルバムと7枚のシングルをリリースし、いずれもオリコンチャートとビルボードジャパンで1位を記録し、その売り上げは400万枚を超える。日本ではMTV Video Music Awardsを3回、MAMA Awardsを3回(2022年のFavorite Asian Artistを含む)、日本レコード協会からはゴールドディスク賞を1回受賞。そして、新型コロナの規制解除に伴い、昨年秋には初のアリーナツアー『KIZUNA』も開催し、10万人以上のファンを動員した。
ひとたびステージに足を踏み入れると、11人のメンバーはステージを完全に自分達のものにしてしまう。JO1は、鋭いシンクロと圧倒的な存在感で観客が目を離せないほどに心を奪う。彼らはファンを虜にするアーティストだが、中でもアリーナツアーを創り上げていく過程は、彼らの結束を高めるポジティブなきっかけになった。「ツアー期間中にパフォーマンスについて話し合う中で対立がよく起こったのですが、これはとても健全で良いものだったと思います」と奨は語る。「ファンに対して自分たちをどう見せるかに全員が情熱を注いでいるからこそ、健全な対立が生まれるんです」。
YouTubeにアップされた旅行や冒険の記録、温泉に行くなどのリラックスタイム、そして日常的に直面する問題を一緒に解決する様子から、彼らはスポットライトが当たっていないときでも非常にうまく調和がとれていることが見てとれる。
I will
Tropical Night(熱帯夜)とは、日没後、気温が華氏68度以上の状態が続くことを指す。それは強烈でありながら諸刃の剣であり、身体が冷え切らず落ち着かないことの代名詞として使われるようになった。JO1の7枚目のシングルはこの空気感をテーマに製作された、奨曰く「挑戦的で野心的な作品」になっている。「今まで自分たちがこもっていた殻を破ることを意識した」と奨は言う。
タイトル曲「Tiger」は、いつどんな結末を迎えるかわからない中ひたすらに夢を追い求める主人公の物語が描かれている。JO1の磁石のように人を惹きつける魅力的なオールラウンダーである拓実がこのデモを初めて聴いたとき、この曲には人の心に長く引っかかる、余韻のようなインパクトがあると感じたという。「言葉の選び方、歌詞の内容、すべてがピタリとハマっていたんです」。この表現をさらに強めるように、純喜は歌詞の本質を「パワフル」と表現した。
「自分たちがトップだ、自分たちがナンバーワンなんだとはっきりと宣言することこそが、僕たちがこの曲を通して、またパフォーマンスを通して体現したい魂です。僕たちは、虎の威を借るのです」。その横で、一成が「Tiger」のサビに合わせた振り付けを控えめに(ではなかったが)踊り始め、純喜の言葉を表現しようとしていた(のかもしれない)。そして、その2秒後くらいに翔也が踊り出すと、自然と2人の協調性が生まれ、他のメンバー一同の笑いを誘った。そのくだりの後に翔也は「強く攻撃的に、不屈のオーラを表現したい。それが、私たちが表現したいことなんです。」と改めて語った。
JO1が "Tiger "のパフォーマンスで見せつけているのは“虚勢”だが、Tropical Nightの全体的な展開が自分たちのコンフォートゾーン(慣れ親しんだ環境)を打ち破ることに繋がったという奨の意見には、全員が同意した。マンネリ化を避けるために全員の努力とチームへの貢献度を増やし、常に前進することが必要だった。蓮は、「自分にしかできないことも含めて、グループとして改善できる部分はまだまだたくさんあります」と話す。さらに「パフォーマンスには正解がなく、純粋に観る人の評価次第なので、多くの人に共感してもらい、驚いてもらえるような瞬間を作りたい。まだその余地はあると感じています。」と続けた。
青髪によって謎めいたカリスマ性がさらに高まっている祥生にとって、Tropical Nightはスタジオ内で自分の意見やビジョンをより多く作品に反映してもらえるようになった、"扉が開かれた"タイミングだったという。「以前は、プロデューサーの望むレコーディングを指示されるだけだった」と祥生。「今回はしっかり自分で考えて、“(自分の声を)もっとカッコよく聴かせたい”という意見を出すと、プロデューサーもたいてい納得してくれました。より良いものになるぞと思いながら、自分なりのプロセスを踏みながらレコーディングできた経験になりました。」
CDの後半には、汐恩や翔也が出演したドラマのサウンドトラックにもなった、アップビートな「We Good」やバラード「Romance」などが収録されている。また、最近ではメンバーのほとんどが俳優業にも進出。「ドラマの撮影と「Tiger」の振付練習を並行して行っていたので、とにかく自分との闘いでした」と汐恩は言う。彼は控えめで慎重な性格で、燃え上がるようなステージとは対照的である。汐恩は「夜遅くまで撮影があり、翌朝は早起きしてまた同じことを繰り返す。大変なことも多かったが、その困難を乗り越えられたことは、自分にとってとてもいい勉強になりました。」と続けた。
個人のスケジュールとグループの活動のバランスを調整することで、明瞭さという感覚も養われた。翔也は自分の考え方がより自立したものになったと語る。「これまでグループの中で守られてきた自分が、たった一人でドラマやテレビに出演するということは物事を一人で乗り越えなければならないということ。僕にとって全く新しい挑戦ですが、演じることやそのキャラクターになりきることは、難しくもあり、楽しくもある。新しい自分も発見できるので、もっと追求していきたいですね。」と明かした。
JO1が俳優業で活躍する話題は、現在人気ウェブ漫画「クールドジ男子」(英語で「Play It Cool, Guys」)の実写版に出演し、炎のように赤い髪が魅力的な四季蒼真を演じている拓実に移った。「とにかく大変なんです!」と、額に当てていた人差し指を立ててにっこり笑う姿に、JO1はまたもや笑いを誘われる。しかしそんな中でも、オーディション時代から定評のある拓実の忍耐力は健在だった。「共演者のおかげで、いい経験をさせてもらっています。彼らと話していると、それだけですごく刺激になるんです。」
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Tropical Nightは、ある種の過渡期に到着する。このインタビューの1ヶ月前、JO1は結成3周年を迎え、KCONタイランドへの出演をはじめ、いくつかのプロジェクトが決定していた。キッチンで大混乱を引き起こしているとき(テーマパーク飯を作る動画参照)ですら、いつも王子様のようで優しげな表情を浮かべる瑠姫が、自分たちの可能性が年々深まっていることを実感していると語ってくれた。
「それはメンバーも感じているし、きっとファンの皆さんも感じていると思う」と瑠姫。「もし僕がファンなら、ライブ中にメンバーのテンションが下がったり、元気がなかったり、クオリティが下がっているのを見たら、すごくがっかりすると思うんです。でも、実際の僕たちはその真逆で、自分たちの絆が強まり、努力の成果が確実に実を結びつつあるのを感じています。」と語った。
「4年目、5年目となると、技術的な課題も増えてくるし、見る目も肥えてくるから、もっと期待されるようになる」と瑠姫は続ける。あまりのストイックさに、バースデーボーイの翔也が拍手を始めると、瑠姫は照れくさそうに笑った。
3年という月日はそこまで長いものには感じないが、JO1にとってこの3年間は、すべてを変えてしまうものだった。自分たちが何者なのか、何ができるのか、そして何を学び、何を成し遂げなければならないのかを知る3年間だった。「今までやってきた全てのライブが、本当に素晴らしいレッスンになりました」と祥生は言う。「学んだことは、多分メンバーそれぞれで違うと思うんです。でも、僕にとっては、日本の年末番組である紅白に出演したときが、自分たちが日本の音楽業界に受け入れられたと感じた瞬間でした。」
紅白歌合戦は、日本で最も著名な年末の音楽祭であり、招待を受けるということは、世間に認められるということでもある。昨年はJO1が初出場し、彼らの軌跡を示す重要な瞬間となった。確かにプレッシャーはあるが、個人的にはそのプレッシャーをネガティブに感じてはいない、と純喜は言う。むしろ、プレッシャーは初心を思い出させてくれる「いいもの」だと考えている。「自分たちがこれまで歩んできた道のりの原点や当初の感情に常に立ち返るためにここにいるのだと思うし、僕たちはそうやってグループとして成長していけるんだと思います」と純喜は語る。
結局のところ、彼らが見せてくれる成長は、彼ら自身が前進するためだけでなく、他の人々のモチベーションを高めるためでもあるのだ。「言葉の壁があっても、僕たちの音楽とパフォーマンスを通して、言葉を超えた感情が幸せの輪を広げることができるんだと思います。」と、純喜が明るく大きな笑顔で締めくくった。「そのために、僕たちは常に戦い続けます。」
ここまで来てようやく、"What's next?(次はどうするの?)"と聞くのに相応しいタイミングだと思った。
奨が答える。「"JO1 "という名前を世界に知らしめます。」